ルーツと進化
バラは現在地球上におよそ3万品種ほどが存在しているといわれておりますが、
そのうち野生種は約150~200種。ほとんどが北半球で誕生しています。
アメリカ合衆国西部にあるコロラド州や西海岸にあるオレゴン州では、7000~3500万年前の中世代白亜紀から新生代第三期始新世頃の地層からバラの化石は見つかっています。
今から4000年近くも前に描かれたとされ、世界で最も古いといわれている絵では、クノッソス宮殿から発見された、青い鳥を描いたフラスコ画に描かれたいろいろな花の中にバラと考えられる絵がありました。クノッソスはギリシャ共和国の地中海に浮かぶクレタ島の南西に下がったところにあります。
世界ではじめてバラが文学として登場したのは、紀元前2600年頃に古代メソポタミア・シュメールの都市国家ウルクに実在したといわれる王ギルガメッシュを主人公に描いた「ギルガメッシュ叙事詩」(紀元前2000年頃成立)とされています。バラを例えのように表現されていたので、この頃にはすでに存在を知られていたことがわかります。
ローマ時代の壁画のバラ
ローマ帝国の初代皇帝アウグストゥスの妃となるリヴィアが、紀元前30~25年頃に建てた別荘の食堂に飾っていた壁画には、ロサ・ガリカと思われるバラが美しく描かれています。この頃バラは贅沢品とされていましたが、急激にバラが日常に欠かせない花へと変化していきました。
ルネッサンス初期に活躍していたといわれる画家サンドロ・ボッティチェリは、メディチ家の支援を受けて、ヴィーナスがバラの花に囲まれている「ヴィーナス誕生」や、花の女神フローラの洋服にバラがあしらわれている「春」を描き、絵の中にはガリカ系、ケンティフォリア系、アルバ系のバラが描かれています。バラと強いつながりがある絵として知られています。
「アルバ・セミプレナ」
古代ロサ・アルバに極めて近いとされ、ボッティチェリの「ヴィーナス誕生」にも描かれたといわれているバラです。
バラを大きく分類すると①野生種 ②園芸品種 ➂オールド・ローズ ④モダン・ローズ(現代バラ)に分けられます。
園芸品種
人工的な交配がはじめられたのは19世紀に入ってからといわれております。19世紀以前にも栽培中の交雑によって生まれた品種ものもありますが、これらを含め、人の手が加わったものを園芸品種と言います。市場に流通している品種は2000~3000種といわれていますが、毎年新しい品種が誕生する一方で、淘汰されていく品種もあるため、正確な数は分かっていません。
バラは、1000年以上交雑を繰り返してきましたが、改良は、長い間ペルシャやローマの系統を受け継ぐヨーロッパと、中国を中心とする東洋で別々に進んでいました。しかし18世紀末に中国のバラがヨーロッパに入り、交配に用いられるようになると、大きな変化を遂げます。
1867年にフランスで作出された「ラ・フランス」は、それまでのヨーロッパのバラにはなかった四季咲き性、剣弁高芯咲き、ティー系(中国のバラ)の香り、丈夫な花首の性質を持つ画期的な園芸品種でした。
現在は「ラ・フランス」が誕生した年代をもとに、その前から存在していた系統をオールド・ローズ、それ以降に作出された系統をモダン・ローズと区別しています。
園芸品種のバラは現在2万種を超えるほど多いですが、その祖先となる原種は8~9種類ぐらいと考えられています。
【園芸品種の祖となるバラ】
◆ロサ・ガリカ
オールド・ローズでは世界で最も古いヨーロッパの野生バラで、赤いバラの先祖といわれています。分類額の祖カール・フォン・リンネによって1753年に学名がつけられました。
多くはヨーロッパ南部に広くわかれて存在しています。自生地では時々、突然変異で八重咲きになるものや、稀に花弁が縞模様になるものもあるそうです。
ロサ・ガリカはラテン語で「フランスのバラ」を意味します。これぞバラ!と思わせる5枚の花弁、鮮やかなピンク色、厚みのある濃い緑色の葉、枝を覆う小さなトゲが特徴です。樹高は1mほどで、ブッシュ型の樹形が中心。
◆ロサ・ダマスケナ
ダマスク香の芳香品種あるバラの誕生に貢献
別名ダマスク・ローズ
バラの香料生産の主役はこのバラ。精油だけでなくバラ水も重要な産物。シリア・アラブ共和国の首都ダマスカスからヨーロッパへ、13世紀に十字軍が持ち帰ったといわれておりますが、生きた植物がヨーロッパに導入されたのはもっと後だという説もあります。学名をつけたのはイギリスのチェルシー薬草園の植物学者フィリップ・ミラー。
◆ロサ・ムルティフローラ
日本や朝鮮半島、中国北部に分布しています。イノバラ、野バラと呼ばれ日本の園芸種の台木としても使われてきました。
◆ロサ・キネンシス
ヨーロッパのガリカ系との交雑により四季咲き性のあるバラの誕生に貢献。日本では、コウシンバラと呼ばれていました。
◆ロサ・モスカータ
ヒマラヤから小アジア、地中海海岸地域に分布し、ムスク香と呼ばれる独特の香りを持っています。
◆ロサ・フェティダ
オレンジ色のバラで西アジアの乾燥した地に分布しています。現代のバラの交配では黄色い花の祖先になっています。
◆ロサ・ギガンティア
剣弁咲きと紅茶の様な香りのあるバラの誕生に貢献。中国南西雲南省からミャンマーに分布しています。
◆ロサ・キネンシス・ミニマ
コウシンバラの変異で生まれた背丈の小さなバラ。ミニバラの祖先で、様々なミニバラの園芸品種の誕生に貢献。
◆ロサ・ルキアエ
本州・四国・九州・朝鮮半島・中国に広く分布しています。日本ではテリハノイバラと呼んでいます。
バラは主に交配の際、親となった野生種や園芸品種をもとにして、いくつかの系統に分類されています。
モダン・ローズ誕生に貢献した主な原種のバラ
(原種とは、バラの品種改良に貢献した野生種のこと)
◆ロサ・ガリカ
◆ロサ・ダマスケナ
◆ロサ・モスカータ
◆ロサ・キネンシス
◆ロサ・キネンシス・ミニマ
◆ロサ・ギガンティア
◆ロサ・ムルティフローラ
◆ロサ・ウィクライアーナ
◆ロサ・ルゴサ
オールド・ローズの主な系統
オールド・ローズの定義はいろいろありますが、「四季咲き性をもたないバラ」といわれることが多いです。(四季咲き性のチャイナ系やティー系もあります)樹形や性質は様々です。
・ガリカ系統
オールド・ローズの起源。ローマ時代から栽培されていたとされる最も古い系統。
野生種ロサ・ガリカから生まれた突然変異個体の選抜品種群。
・ダマスク系統
野生種ロサ・ガリカと他の野生種(ロサ・モスカータなど諸説あり)の交雑で生まれた品種群。元来は香料用に栽培されていました。
ロサ・ガリカとロサ・フェニキア(中近東に自生)の自然交雑種ロサ・ダマスケナと、ロサ・ガリカとロサ・モスカータ(ヒマラヤから北アフリカに自生)の交雑種ロサ・ダマスケナ・ビフェラの2つをもとに作出された系統。樹高は1.5m前後が多く、甘い濃厚な「ダマスク香」を持つものが多いです。
・ポートランド系統
最初に登場した返り咲き性のオールド・ローズで、オータム・ダマスクとスレイターズ・クリムゾン・チャイナの交雑で生まれたといわれる系統。基本の品種ダッチェス・オブ・ポートランドをイタリアでポートランド侯爵夫人が見つけてイギリスに持ち帰ったとされています。
・アルバ系統
ダマスク系統品種とヨーロッパ中部に自生する野生種ロサ・カニナの交雑で16世紀頃に生まれた品種群。花は白色から淡い花色、青みのある葉、気品ある香りが特徴。
・チャイナ系統(ハイブリッド・チャイナ・ローズ)
中国原産のロサ・キネンシス(コウシンバラ)を起源とする品種群。
チャイナ系統のもととなる四季咲き性の品種が中国からヨーロッパへ18世紀末にもたらされ、ヨーロッパで品種数が急増しました。
チャイナ系統以外にも中国にはマイカイ、イザヨイバラ、キモッコウなど、古い品種が数多くあります。
・ティー系統
中国のヒュームズ・ブラッシュ・ティーセンテッド・チャイナまたはパークス・イエロー・ティーセンテッド・チャイナを片親として作出された品種群。四季咲き性で、花の香りを紅茶に例えて名づけられました。
・ブルボン系統
最初の品種ローズ・エドゥアールはインド洋のブルボン島(現在のレユニオン島)で、フランスの植物学者でブルボン島の植物園長だったブレオンが、発見して島の名に因んで命名されました。当時ブルボン島にあったバラの種類からオータム・ダマスクとチャイナ・ローズ(パーソンズ・ピンク・チャイナ)の自然交配で生まれたと推定されています。大輪で返り咲き性、豊かな香りを持っています。
・ハイブリッド・パーペチュアル系統
ポートランド系統、ノワゼット系統、ブルボン系統、ティー系統などの品種が繰り返し交配されて生まれた品種群。大輪で香り良く、多彩な花色と花型を持っており、花が秋まで繰り返し咲きます。ハイブリット・ティーの交配親に使われています。
・ノワゼット系統
最初の品種チャンプニーズ・ピンク・クラスターは1811年にアメリカのサウス・カロライナ州に住んでいたフランス人の育種家フィリップ・ノワゼットにより、ロサ・モスカータとオールド・ブラッシュの交雑で生まれたと推定されています。フィリップはパリに住む兄のルイにこのバラを送り、これがマルメゾン庭園で開花し、ルドゥーテにより描かれました。ノワゼット兄弟により、このバラの実生品種オールド・ブラッシュ・ノワゼット・ローズがフランスで広められました。小輪で淡い花色が多いのが特徴。
モダン・ローズのおもな系統
モダン・ローズとは、ハイブリッド・ティーより前に存在していたとされる系統のこと。(ラ・フランスより前に存在していたバラの系統)
・ハイブリッド・ティー系統
ハイブリッド・パーペチュアルとティー・ローズの交雑からつくられたと推測されるモダン・ローズの先駆けとなる系統。四季咲き性で香にすぐれていることが特徴。1867年に生まれたラ・フランスがハイブリッド・ティー系の第一号。その後多くの品種が発表されました。
・フロリバンダ系統
ポリアンサ・ローズとハイブリッド・ティー・ローズの交雑によってつくられた系統。
ほとんどが四季咲き性の中輪。多花性でボリュームがあり、丈夫で育てやすい品種が多く庭植え用のバラとして人気です。
・シュラブ系統
1867年以降に、フロリバンダやハイブリッド・ティー、野生種やこれまでの系統などを交配に用いて作出されたシュラブと呼ぶこともある。四季咲き性で花色・花型も豊富にそろっています。
・イングリッシュ系統
イギリスの育種家デビッド・オースチンにより、オールド・ローズとモダン・ローズを交配してつくられた四季咲き性の系統。オールド・ローズの雰囲気に似ている香り、淡い色をもっています。
・ミニチュア系統
コウシンバラの矮化変種(小型化した変種)であるロサ・キネンシス・ミニマとポリアンサ系の交雑によってできたといわれている小輪房咲きで株全体が小型の系統。花色も花形も豊富で、芳香の強い品種も生まれています。
・つる性
つるバラとは枝を伸ばす性質の強いバラの呼び名で、壁面やフェンスに仕立てて庭の空間を飾るバラとして選ばれています。春にたくさんの花を咲かせ、主に一季咲き性ですが、繰り返し咲き性や、返り咲き性の品種もあります。
・ポリアンサ系統
四季咲き性の小輪の花が房咲きにつく系統で、ノイバラ(日本に自生)とロサ・キネンシスを主な交雑親として生まれた系統。ポリアンサ系とハイブリッド・ティー系の品種が交雑されてフロリバンダ系が誕生しました。ポリアンサとは「たくさんの花」という意味。耐寒性のある品種は寒地でも育つので、北ヨーロッパや北米で支持されています。
咲き方
・一季咲き
1年に1回だけ咲く花のこと。バラの場合は春に1回咲きます。野生種やオールド・ローズ、つるバラに多く見られます。
・返り咲き
春の一番花が咲いた以降、不規則に開花を繰り返す花のこと。規則的に開花する四季咲き性とは異なります。
・繰り返し咲き
不規則な返り咲き性の中でも、特に返り咲きが多い花のこと。秋にもかなり多くの開花が見られます。
・四季咲き
一年をとおして規則的に繰り返し開花する花のこと。一般的には春から秋頃まで繰り返し咲きますが、地域によっては初冬まで花を咲かせる場合もあります。
日本のバラ
日本で昔は、野山に咲くトゲのある木を「いばら」と呼んでいました。
奈良時代にはバラの歌が登場した「万葉集」が一番古いバラの歌として残っています。その中では「ウマラ」と呼ばれており、日本生まれのイノバラのことを表しております。
「道の辺のうまらの末に延(は)ほの豆、からまる君をはかれか行かむ」
道端のいばらに巻き付く豆のように、追いすがる君を置いていくのだろうか、という歌です。
平安時代には遣唐使が唐持ち帰ったといわれる「薔薇」をはじめて目にすることになります。「薔薇」とは中国から伝わり日本語となった言葉で、日本では「そうび」と音読みしていました。
足利将軍が活躍した室町時代は戦乱と一揆の物騒な時代でしたが、バラはひそかに貴族に愛でられていました。京都の大徳寺の石庭には、バラを植えた石が並んでいたこともあったそうです。安土桃山時代には「京都の大徳寺の石庭でバラを見た」とポルトガル人のイエズス会宣教師フロイスが言っており、石の上に多くのバラと草花が植えられ、入れ替わりに花が咲くというのです。石の上にバラや草花が植えられていたとはにわかに信じがたいですよね。
明治時代になると文名開化が盛んに沸く日本にヨーロッパ、アメリカ諸国のバラが数多く輸入されました。大正、昭和と時代が進んでもバラへの関心は劣ることなく現在もたくさんの人に愛されています。